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【仲良き事は】幽霊と暮らしてる【美しき哉】別館
346:739◆Al9ki804zA 10/31(日) 17:58 4YatGoV60
基本的に虫や鳥獣が樹木や草本に“感動”や“感謝”を覚えることはなく、ただ淡々と食し、使い、消耗していくだけである。そもそも『恵み』という発想自体がないのだから、覚えようも無いのだ。全てはあるがままのソレで終わる。豊作も凶作も関係なく、ただ移ろう環境に淘汰されながら適応できた形質が生きていくだけ。それ以上もそれ以下もない。樹木や草本も、同じように環境変化の洗礼を受けては、たまたま対抗できた種が残って殖えて一部が突然変異を起こしては種の全滅を防いで、の、繰り返し。
が、そこに、ある種のイキモノが『恵み』という発想を見出し、“感動”や“感謝”を覚え、畏敬や親愛といった情を注ぎ、いつしか音や動きを捧げ、生活活動品の一部を分けてきた。
これを結構な衝撃を受け、それまで“アタリマエ”だったものがガラリと一変。
謝意を覚えて捧げるイキモノ、ニンゲンを好むようになり、一方で無心に貪り食う獣を厭うようになった。
同じ「使われる」だけならば、鳥獣や同族よりもニンゲンのほうが余程いい。謝意や種々の情を捧げてくれるし、捧げなくとも勝手にいろいろ「面白い」ことをしてくれるのだから。
こうして樹林霊は――より正確には募った想いゆえに広大な存在の一部が『異質化』を起こしたソレは、自己防衛の働いた母体から自然と――或いは自らで脱そうとしたのか――切り離され、存在を独立させ、己だけの自我を得た。
そして、己の思いがまま思うがまま、人々から望まれた名前で望まれた験力を振るい、時代や地域を渡り歩いていった。
そして、恐らく、ソレが生まれた樹林は、もう残ってはいない。
つまり、コイツは、変異を起こしたがゆえに全滅を免れた、
大昔に「確かに在った」大自然の忘れ形見でもあるのだ。
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